研究内容
”世界屈指の固有種の宝庫” 小笠原諸島固有種の殺鼠剤感受性評価

小笠原諸島はユニークな生態系を有する事から2011年にはユネスコ世界自然遺産に登録されています。しかしながら、人の移動に伴い侵入したイエネズミ(ドブネズミ・クマネズミ)などの外来種による固有生物の食害・生態系の攪乱が問題となっています。
ネズミは繁殖力が高くかご罠(いわゆるネズミ捕り)での根絶は困難です。そこで、小笠原諸島でも駆除のために殺鼠剤(ダイファシノン)が散布されてきましたが、これらが生態系に与える影響は不透明です。欧米では毒性の強い第二世代抗血液凝固系殺鼠剤が用いられており、殺鼠剤で死亡したネズミ遺体を喫食した猛禽類の大量死が問題となっています。また、殺鼠剤を繰り返し使用する事でこれに対し抵抗性を示すネズミ個体群(いわゆるスーパーラット)が出現する事が知られており、日本でも東京新宿では捕獲したネズミの8割がスーパーラットだったという報告すらあります。
幸運にも現在までに小笠原諸島での野生動物の中毒死やスーパーラットの出現は確認されていませんが、今後も安全に駆除を実施するためにはこれら殺鼠剤に対する小笠原諸島の固有種の感受性及び外来ネズミの殺鼠剤抵抗性を調査する必要があります。
①世界に100頭の希少種オガサワラオオコウモリの殺鼠剤感受性評価
小笠原諸島は大陸と地続きになった事がないため固有の哺乳類はオガサワラオオコウモリ1種しか存在しません。オガサワラオオコウモリは推定で100~200頭しか生息しておらず、絶滅危惧IA類(CR)(環境省第4次レッドリスト)に登録されています。
小笠原でも散布されている抗血液凝固系殺鼠剤はネズミを主標的としていますが、ネズミと類似した生理的機能を有する哺乳類にはネズミと同様に抗血液凝固作用(血液を固めづらくし出血しやすくさせる作用)を発揮します。一方で、同じ抗血液凝固作用でも効きやすい動物と効きづらい動物がいるというように化学物質感受性には動物種差があります。このため、小笠原諸島で殺鼠剤を使用するには唯一の固有哺乳類オガサワラオオコウモリが抗血液凝固系殺鼠剤に対しどのような感受性を示すかを評価する必要があります。
化学物質感受性を評価する一番簡潔かつ一般的な方法は対象物質を被験動物に投与する事=毒性試験です。しかしながら上記のようにオガサワラオオコウモリは世界でも小笠原諸島だけに100頭程度しか生息していない絶滅危惧種で、当然毒性試験を実施する事はできません。
そこで、当研究室ではオガサワラオオコウモリを傷つけずに殺鼠剤への感受性を評価するために、遺伝子情報と分子シミュレーションを用いた「非侵襲的」毒性試験を実施しました。
オガサワラオオコウモリから抽出したゲノム情報から、殺鼠剤標的タンパク質(ビタミンKエポキシド還元酵素:VKORC1)の遺伝子配列を次世代シーケンス解析で同定、その立体構造をAlphaFold2で構築し殺鼠剤都の結合性を分子ドッキング・分子動力学シミュレーションといったコンピューターシミュレーションで計算しました。その結果、同じ抗血液凝固系殺鼠剤でもクマリン骨格を持つワルファリンはコウモリ類で作用を生じ辛く、インダンジオン環を持つダイファシノンは作用しやすいという様に同じ標的タンパク質の薬剤でも異なる感受性動物種差を示す事を明らかにしました。
本研究成果は環境毒性学分野の国際誌であるEcotoxicology and Environmental Safety誌に掲載(論文へのリンク)されています。
画像出典:Takeda K. et al., Toxicokinetic analysis of the anticoagulant rodenticides warfarin & diphacinone in Egyptian fruit bats (Rousettus aegyptiacus) as a comparative sensitivity assessment for Bonin fruit bats (Pteropus pselaphon), Ecotoxicology and Environmental Safety, V243, 15, 113971 (2022) Published by Elsevier.
https://doi.org/10.1016/j.ecoenv.2022.113971
本文・図版等はオープンアクセス(CC BY-NC-ND 4.0ライセンス)のもとで公開されています。
本研究成果は環境研究総合推進費( JPMEERF20184R02)の助成のもと実施しました。
②小笠原父島クマネズミはスーパーラットか?
抗血液凝固系殺鼠剤は殺鼠剤の中でもっとも一般的であり世界シェアの7割を占めると言われています。しかしながらこれら抗血液凝固系殺鼠剤に対し抵抗性を示すスーパーラットが世界各地に出現しており、その駆除は困難です。小笠原諸島に侵入した外来ネズミが殺鼠剤抵抗性群かどうかを評価するために2022年に小笠原父島(本島)で外来ネズミを捕獲し、ダイファシノン感受性を薬物動態/薬力学(Pharmacokinetics/Pharmacodynamics)解析で評価しました。
小笠原父島でのクマネズミサンプリングの風景
現在スーパーラットの殺鼠剤抵抗性メカニズムは①殺鼠剤標的タンパク質VKORC1の遺伝子変異(大部分)②シトクロムP450等による解毒代謝能の亢進によるものと考えられています。しかしながら、父島で捕獲したクマネズミはVKORC1の遺伝子変異を有していないうえ解毒代謝能も普通のクマネズミと同程度なのに、ダイファシノン投与後の血液凝固遅延は新宿のVKORC1変異スーパーラットと同程度に生じ辛く、既知抵抗性メカニズムを持たないにもかかわらず殺鼠剤感受性が低下している可能性が示唆されました※。
※本研究ではダイファシノンの単回投与による薬物動態解析を実施しましたが、父島のクマネズミが本当にスーパーラット(殺鼠剤を喫食しても致死しない)かどうかは4週間程度殺鼠剤のみを食べさせ致死するか判定する毒性試験を実施しないと確定できません。
本研究成果は農薬に関する国際誌であるPesticide Biochemistry and Physiology誌に掲載(論文へのリンク)されています。
本研究成果は環境研究総合推進費(JPMEERF20214R02)の助成のもと実施しました。
Breaking News!
本研究を卒業研究として実施した田中康太郎さん(2024年度学部6年生)が第3回 環境化学物質合同大会(2024年7月広島市開催)で SETAC賞を受賞しました。
本研究を卒業研究として実施した清水敬太さん(2022年度学部6年生)が第28回 日本野生動物医学会大会(2022年9月つくば市開催)の最優秀賞と、第165回 日本獣医学会学術集会(2022年9月オンライン開催)で野生動物学分科会優秀発表賞のダブル受賞しました。
ヘッダー画像出典
小笠原村観光局
https://www.visitogasawara.com/photolibrary/
環境省