研究内容
環境に悪い再生紙? 再生紙インク由来物質の水圏生物への影響評価
持続可能な古紙リサイクルには、化学物質による環境影響の評価が必要です
紙資源のリサイクルは資源循環や廃棄物削減の観点から重要な取り組みです。一方で、古紙の回収・再処理工程では、印刷物や感熱紙などに含まれていた化学物質が排水中へ移行し、水圏生態系に影響を及ぼす可能性があります。
特に、紙製品における発色・顕色反応に用いられる芳香族増感剤・関連物質(sensitizers and related compounds: SRCs)は、芳香族構造を有することから、内分泌かく乱作用やダイオキシン様作用を示す化学物質との構造的類似性が懸念されていました。
しかし、古紙リサイクル排水に含まれるSRCsが実際に魚類の発生過程へどのような影響を及ぼすのかについては、十分な知見がありませんでした。
分子ドッキングとゼブラフィッシュ胚試験を組み合わせた毒性評価
当研究室では、古紙リサイクル排水から検出され得るSRCsを対象として、分子ドッキングシミュレーションとゼブラフィッシュ(Danio rerio)胚曝露試験を組み合わせた毒性評価を実施しました。
本研究では、まずSRCsが毒性関連受容体へ結合し得るかを予測するため、ゼブラフィッシュAhr2およびヒトAHRに対する分子ドッキング解析によるバーチャルスクリーニングを行いました。AHR(芳香族炭化水素受容体)は、ダイオキシン類をはじめとする芳香族化学物質の毒性発現に深く関与する受容体です。
続いて、分子ドッキング解析で影響が懸念された化合物について、受精後96時間までのゼブラフィッシュ胚曝露試験を実施し、形態異常および毒性関連遺伝子発現を評価しました。
Benzyl 2-Naphthyl Ether(BNE)による発生毒性とAHR活性化
解析対象としたSRCsのうちbenzyl 2-naphthyl ether(BNE)は、ゼブラフィッシュ胚に対して比較的低濃度で明確な影響を示しました。
BNEを1 µMで曝露したゼブラフィッシュ胚では、心膜浮腫および体長短縮などの形態学的異常が認められました。また、AHR経路の活性化指標である cyp1a および ahr2 の遺伝子発現も有意に増加しました。
これらの結果から、BNEはゼブラフィッシュ胚において、AHR活性化を伴う発生毒性を引き起こす可能性が示されました。
一方で、AHRアンタゴニストであるCH-223191を併用しても、BNEによる形態異常は部分的にしか軽減されませんでした。陽性対照として用いたダイオキシン類ではCH-223191による比較的良好な回復が認められたことから、BNEの毒性にはAHRを介した作用だけでなく、AHR非依存的な毒性機序も関与する可能性が示唆されました。
内分泌系への影響可能性
さらに、本研究では、BNEを含む一部のSRCsが、in silico解析においてエストロゲン受容体への結合可能性を示すことも確認しました。
ゼブラフィッシュ胚では、BNE曝露により、脳アロマターゼをコードする cyp19a1b の発現増加も認められました。これらの結果は、古紙リサイクル排水中のSRCsが、AHR経路に加えて、内分泌関連経路にも影響し得ることを示唆しています。
ただし、受容体への結合予測や遺伝子発現変化のみから、生態系レベルでの長期影響や繁殖影響を直接結論付けることはできません。今後は、より長期的な曝露影響や生殖・発生影響を含めた評価が必要です。
本研究の意義:リサイクルをより安全で持続可能なものにするために
本研究は、古紙リサイクルそのものを否定するものではありません。むしろ、資源循環を持続可能な形で推進するためには、リサイクル工程から環境中へ放出され得る化学物質の種類と影響を科学的に評価し、必要に応じて排水管理や代替材料開発へつなげることが重要です。
本研究により、古紙リサイクル排水に関連する化学物質の中に、魚類胚に対して発生毒性を示し得る化合物が存在することが示されました。また、分子ドッキングシミュレーションとゼブラフィッシュ曝露試験を統合することで、環境中の多様な化学物質から優先的に評価すべき候補を抽出し、生体影響を検証する研究基盤を提示しました。
当研究室では、環境汚染物質や生活関連化学物質について、in silico予測とin vivo / in vitro毒性評価を組み合わせ、環境中で見過ごされている化学リスクの解明に取り組んでいます。
原著論文
本研究成果を纏めた論文がEnvironmental Toxicology and Chemistry誌に掲載されました。
Assessment of the Aryl Hydrocarbon Receptor–Mediated Effects of Aromatic Sensitizers in Paper Recycling Effluent Employing Zebrafish Embryos and In Silico Docking
Kazuki Takeda, Aoi Sarata, Masanori Terasaki, Akira Kubota, Keita Shimizu, Ryo Kamata
Environmental Toxicology and Chemistry, 43(10), 2176–2188, 2024.
DOI: https://doi.org/10.1002/etc.5969
本ジャーナルは環境毒性学・環境化学の世界最大の国際学会であるThe Society of Environmental Toxicology and Chemistry (SETAC)が発行しています。
Breaking News!
本研究成果を第51回日本毒性学会学術年会(2024年7月福岡市開催)で発表した当研究室学部6年生(当時)の孫佳琰さんが学生ポスター賞を受賞しました。

本研究成果を第1回環境化学物質3学会合同大会(2022年6月富山市開催)で発表した当研究室学部6年生(当時)の更田葵依さんがSETAC賞を受賞しました。